つながりのかたち by 齋藤悠紀

 「人の心など分かるはずがない。」

 心理学や精神分析を研究し、実際に多くの患者とも接してきたのだから人の心が手に取るように分かるのではないですか。と質問されたある心理療法家が答えた言葉です。彼の言葉は、長いあいだの研究と現場で心を病んだ人達と接してきた経験から導き出されたあっけにとられるほどあっさりとした素直な感覚と、その背後に潜む深い洞察に裏打ちされているものに違いないと感じました。人の心など分かるはずがないということを誰よりも心の底からよく分かっているのが心理療法家というものなのか、と妙に納得させられた記憶があります。

 
 15歳の頃、人は人自分は自分で、人の心はまったくどうすることもできないものだと知りました。物心がついたのが随分遅かったというわけですが、誰もが思春期に通過するであろう途方もない孤独感に愕然としてそれなりにショックも大きく、しばらく特定の人としか口をきけないほどでした。後遺症が変容しむしろ人一倍おしゃべりになりましたが。
 そのもやもやした思いを表現出来るという可能性を美術に感じていたので、ひとまず「境界」を大きなテーマに据えて絵を描き始めました。あっという間の高校生活3年間。当然やり足りない、もう少ししたらもっとうまく表現出来るはずと思っているうちに気づけば2012年夏。
 ともあれ言葉や文章にならない抽象的な思いが形として目の前に出現するというのは哲学や宗教とは違った種類の救いがあるようには思っていました。救済は作者にとってほんの一瞬ですが・・・。
 
 
 

暑苦しいメモのお詫びに涼しげな小千谷紬の断片。
暑苦しいメモのお詫びに涼しげな小千谷紬の断片。

そして当時の人生の倍近くの年月が過ぎ、作品をより多くの衆目に晒し、画廊さんやコレクターさんと関わっているうちに分かったことは、「つながり」というもののかたちは当時考えていたものだけではないということです。
 それは自分の作品がそこにあったからこそつながった人達のことです。逆に作品がなければおそらく交わる可能性の極めて低い人達だったと思うのです。
 住む場所や、年齢性別、趣味嗜好の違い。極端に言えばその人のことが好きだとか嫌いだとかすら作品が間に入れば関係なくぴょんと飛び越えられるのです。上辺の好き嫌いの彼岸に人間関係があるなどというのは10代の自分は想像すら出来ませんでした。付き合っていく中でより深い意味での好き嫌いはまた出てくるわけですが、それは複合的なもので、一言で片付けられるものではありません。良い作品は、作者と観客という人間の垣根を易々と乗り越えると感じます。

 自分が思っていることをそのまま感じる人が分かってくれる人として自分とつながるのではなく、むしろ自分が思ってもいないことを作品から感じ、その人の中で勝手に深く広く、まるで鐘が響くように反響する人とのつながりが本当のつながりなのです。
 作品に対する勘違いや思い込みこそが個人の表層を突き破るキーワードだと思うのです。例えばゴッホのひまわりを見て笑う人もいれば涙を流す人もいるでしょう。その人達はゴッホとつながっている、ひょっとしたら19世紀の、ゴッホの絵に無関心だったオランダ人やフランス人よりも深く。
 
 他人同士分かり合えない絶望感をひっくり返すには並のつながりではダメで、自分でも理解しきれない部分の領域を掘っていくしかないということが実感としてここ数年でよく分かりました。そういう種類のつながりでなければ渇きが癒えなくなってきたように感じます。まさに焼け石に水。
 違う体験を通してそちらの領域を掘ってきた人と地下でつながる可能性にかけて。
 「あ、こんにちは。こんなところで人に出会うなんて。あなたはどちらから?」
 みたいな会話を暗闇でしたい。
 
 作品を発表し続けている作家にはそれぞれ異なった動機があるとは思いますが、少なくとも皆常軌を逸した寂しがり屋なのかもしれませんね。

 

齋藤悠紀 ブログはこちら → http://saitoyuki.at.webry.info/201208/article_5.html