月は東に日は西に by 齋藤悠紀

 菜の花や月は東に日は西に

 

 初めて聞いたときはそんな単純なと思い抵抗あったけれど結局今でも頭に巡ってしまう俳句です。

 

 

 誰かといないと寂しくてしょうがないのだという後輩の話を聞いていた時に、その場にいたもう一人の知り合いにところで齋藤悠紀は寂しいって思ったことあるか(ないでしょ)。と言われて、なんで分かるんだろうとちょっと驚きました。まったくその通りで、寂しいという気持ちを抱いたことはありません。会話の流れのレベルならたまに口にしたりしますが根本的には正直よく分からない言葉なのです。

 独りでも誰かとでも違った種類の楽しみがあります。ただ個人的にはどちらかと言えば前者の方が生きている中で無理してでも作りたいと思うくらい大事な時間だとも思っています。周囲の人たちにはとても恵まれてきたと思いますし、愛されているかはともかく愛してはいますが、だからこそとでも言うか。「それ以外」のつながりがどうしても必要なのです。

 

 同じ人にこんな話をされました。
 ある時独りで山へ登り、山中でテントを張って泊まった。その時周りには誰もいず、驚くような暗闇で怖くて寝付けないほどだったけれど朝目を覚まして外の景色を見たときにすごく大きなモノに抱かれていたことを感じた。
 というものです。

 独りにならないと大きなナニカとはなかなか繋がれないのです。どこかに出かけても、制作をしていてもそう確信します。蕪村もひょっとしたらそういう大きな繋がりを、菜の花畑でたった独りで立ち尽くしながら感じたのではないかと想像します。
 凄くいい絵を見ていると、周りの人が一人残らずいなくなればいいのにな、と思いますね。あれもナニカとの繋がりを邪魔されたくない心理の発露なのかもしれない。

 自分がそう感じている人は相手がそうだということを見抜いてしまうものなのかもしれませんね。

 菜の花、すごい匂いだなあ!

 

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